2026年8月に出航した ピースボート地球一周の船旅 Voyage124 内でカンボジア地雷問題検証ツアーを開催しました。
参加者の1人、丸岡祐太さんがツアーの様子を書いてくれました。2回に分けてご紹介します。
Voyage124 カンボジア地雷問題検証ツアー
こんにちは、ピースボートVoyage124に乗船している丸岡祐太です。 今回、私たちは5泊6日でカンボジアの地雷問題について学ぶツアーに参加させていただきました。そこで体験し、感じたことをこれから共有させていただきます。
📍 カンボジアの負の歴史を伝える「キリング・フィールド」

キリング・フィールドとは、ポル・ポト政権時代(1975〜1979年)に大量虐殺が行われていた処刑場です。キリング・フィールドは複数ありますが、今回はシェムリアップ州のキリング・フィールドを訪れました。
施設内には、当時の服や拷問の様子がイラストで残されていました。 ポル・ポトは急進的な社会主義政策を行い、都市の無人化や農村への強制移住、学校教育の廃止などを行っていました。

また、知識人や教師、芸術家などが虐殺され、国民は強制的に少ない食料で農業など手作業の重労働に従事させられ、亡くなったといわれています。
これらの様子をイラストを通して見ただけでも恐ろしく、現実に起きたことだと想像することが怖くてできませんでした。
📍 地雷の本当の恐ろしさを知る「CMAC博物館」

続いて、私たちは地雷除去団体であるCMAC(カンボジア地雷対策センター)の博物館を訪れ、CMACの活動や地雷問題についてのお話を伺いました。
CMACの主な活動内容は地雷や不発弾の調査、そして実際の除去作業やスタッフの育成などです。博物館内では、これまで埋められた地雷の種類や設置場所などについて細かく記されていました。

実際に埋められた地雷の展示もいくつかあり、子どもが遊ぶおもちゃにしか見えなくて衝撃を受けたことを今でもよく覚えています。一見、地雷だということが分かりませんでした。
また、実際に地雷の被害にあった車やトラクターが設置されており、地雷の威力がどれだけ恐ろしいのかを目の当たりにしました。

CMAC博物館で地雷の恐ろしさを知れたことで、「こんなものは1日でも早く除去されるべきだ」という想いがより強くなりました。
📍 命と生活を支える「シェムリアップ州立リハビリセンター」

続いて、私たちはシェムリアップ州立リハビリセンターを訪れました。 こちらの施設は地雷被害者などを支援するために作られた施設で、診察・義足装具の製作・リハビリテーションが行われています。中には施設に泊まって、必死にリハビリを頑張っている方もいます。
義足や装具に関しては、体型や身体の状態が人それぞれ違うので、完全オーダーメイド。完成までにかかる時間は約2〜3週間ほどで、完成後も細かく調整していきます。
少しでも身体に合っていないと、痛みが出たり切断面に傷ができて、そこから菌が入り感染症や場合によっては命に関わることもあります。また、若い人は身体が成長するので何度も作り替える必要があります。

義足は1つ作るのに350〜700ドル(約5〜10万円)かかりますが、ここでは無償で提供しています。カンボジアの平均年収は34〜40万円なので、義足を1つ作るだけでもかなり大変です。
最近は地雷被害者も少しずつ減ってきており、糖尿病や交通事故、脳卒中による義足を必要とする方が増えてきていますが、今もなお争いによる影響は残り続けています。
今この瞬間、当たり前のように五体満足で生活できていることがどれだけ恵まれていることなのかを痛感させられる時間でした。
📍 前を向いて生きる強さに触れた「アンコール障がい者協会」

続いて、私たちはアンコール障がい者協会(AAD)を訪れました。こちらはカンボジア内戦時、戦闘中に地雷被害に遭い、両脚を失った方が創設した施設です。主な活動は、障がいを持った人が自らの手で生活を営めるようにするための実務的なサポートです。
具体的には、職業訓練や手作りした工芸品を観光客に販売して、収入を得るという仕組み作りを行っています。実際に私もブレスレットを購入させていただきました。

こちらの施設では交流を深めるために『シッティングバレー』というスポーツを行いました。お尻を地面につけて座ったままバレーボールをするという競技です。
シッティングバレーはパラリンピックなどの国際大会でも正式種目として採用され、AADでも選手育成に力を入れています。中にはカンボジア代表を目指して日々練習に励んでいる選手もおり、その競技を通じて安定した収入が得られる場合もあります。
実際にやってみましたが、両足が使えないため上半身だけで身体の動きをコントロールする必要があり、普段しない動きだったので慣れるまでかなり苦労しました。

そして、1つ衝撃だった出来事があります。 脚がない選手のところにボールが飛んで行ったとき、その選手はボールを蹴ろうとしたのですが、周りの同じように脚がない選手と一緒に『自分は脚がなかったんだ!』と大笑いしていたのです。
それを見たときに、彼らは自分の身に起きた現実を受け入れて、前を向いて生きているんだということを目の当たりにしました。
私はカンボジアに来るまで、地雷被害に遭った人は可哀想だと思っていましたが、このように前を向いて生きている人に対して、そのような感情を抱くのは失礼になるかもしれないということに気付かされました。
文:丸岡祐太




















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