ピースボートVoyage121「カンボジア地雷問題検証ツアー」報告 Vol.1

2025年8月に出航した ピースボート地球一周の船旅 Voyage121 内でカンボジア地雷問題検証ツアーを開催しました。

参加者の1人、室井隆志さんがツアーの様子を書いてくれました。2回に分けてご紹介します。

Voyage121 カンボジア地雷問題検証ツアー

はじめまして、室井隆志です。みんなからは「ジョン カビラ」と呼ばれています。

子供の頃、実家の商店に貼ってある地球一周の船旅ポスターを見てピースボートに興味を持ちました。

仕事をしながら、ピースボートセンターとうきょう でボランティアスタッフとしてポスター貼りやP-MACの募金活動をして船賃の全額割引を貯めて乗船しました。(※ボランティアスタッフは活動に応じて船賃の割引を受けることができます。)

voyage121が寄港した深圳(中国)からシンガポールまでの区間船を離れ、5泊6日でカンボジアを訪問しました。

このツアーには20代から80代の方が参加して充実した6日間となりました。

ツアーで私たちが学んだこと、体験し感じたことを述べたいと思います。

キリングフィールド

キリングフィールドとは、ポル・ポト政権(1975~79年)による大量虐殺が行われた処刑場のことを指します。

私たちはその一つであるシェムリアップのキリングフィールドを訪問しました。

ポル・ポトは食料をたくさん作るため、農業を中心とした社会の実現を目指していました。その一方で、銀行、通貨、学校、病院、工場を廃止するなど、過激な政策を行っていました。

人々はダムや貯水地を作るため、朝6時から夕方6時まで働かされていました。就寝時には足枷をつけられ、自由を奪われました。

食事も夜に一食のみでお椀にお粥をいっぱいだけだったそうです。食事が少ないと言うと、誰がそれを言ったか調査され、呼び出され処刑されました。

医師や教師などの知識人も資本主義の手先と見なされて殺害されました。

また、処刑後は胆嚢を取り出して政権幹部の薬にしたそうです。

キリングフィールド内にある「カンボジア歴史絵画伝承資料館」には当時の様子を描いた絵が展示されていました。

処刑や拷問の絵から、当時の状況だったり悲惨さをイメージして、背筋がぞっとする思いでした。

CMAC地雷博物館

地雷除去団体であるカンボジア地雷対策センター(CMAC)の博物館を訪問し、館長から地雷問題やCMACの活動について説明を受けました。

CMACはカンボジアの政府機関で、現在2200名のスタッフがいます。運営資金の90%以上が国連機関、各国の政府、国際的なNGOからの援助でまかなわれています。

基本的な活動内容は、国内の地雷や不発弾の調査・情報収集・除去作業、除去作業に関する訓練、スタッフの育成、危険回避に関する教育となっています。

博物館内には、CMACが除去した地雷や爆弾などが展示され、仕組みや使用方法等が紹介されていました。

地雷と一言に言ってもたくさんの種類があり、対人用地雷・対戦車用地雷・爆発と同時に鉄の破片が周辺に飛び散るものなど様々なものがありました。

博物館では地雷の上を通過して爆破被害に遭った車やトラクターも展示されていて、地雷の威力を身に染みて感じました。

破壊された大型のトラクターを見て、人間だったら簡単に四肢を失い、命すらも簡単に失ってしまうものだと、改めて恐ろしさを実感しました。

地雷除去に使用されている道具は、片手で持てる金属探知機から大型の機械まで多種多様です。地面を掘り返しながら地雷をそのまま爆発させて除去する重機もありました。

CMACの方のお話では、地雷除去活動は8割型終了し、数年以内にすべての地雷除去が終了する見込みだそうです。

しかしこれは、今現在把握している地雷原のみであり、実際にまだ把握できていない危険地域も残されています。

1日も早く全ての地雷が除去できて、安心して農業などの作業ができ、子供達が安全に学校に通える日々を実現してほしいと思いました。

シェムリアップ州立リハビリセンター

義足などの義肢装具を提供するリハビリセンターはカンボジアに11カ所あります。そのうちの1つであるシェムリアップ州立のリハビリセンターに行ってきました。

リハビリを行う専門家になるには、現在は高校卒業後に専門学校に3年ほど通う必要がありますが、ここでは資格がなくても20年から30年装具作成の経験がある人が装具の作成に当たっています。

リハビリセンターの現在の職員は18名で1日あたり患者さんを6人担当します。装具を作成するには1週間から3週間かかりますが、その間患者さんはセンター内の寮に泊まることができます。

その後も修理が必要になったり、装具の対応年数は4年から5年ほどなので新たに作成が必要になって来る患者さんがいます。

1982年のセンター開設以来、約40年で7,000人以上に対応してきました。

足の装具は、膝より上と膝より下の装具があります。 腕の装具は、農業などで草を刈れるように義手ではなく、カマに変えて作業ができるような装具がありました。

装具の費用は1本あたり400ドルと高額で、ほとんどの患者にとって支払うことができません。このリハビリセンターは州が運営して、装具作成やリハビリを無償で提供しています。

これまでは地雷や不発弾による患者が多かったですが、今は地雷事故が減少したことで新規患者は年々減ってきています。最近は交通事故、糖尿病、脳卒中、小児麻痺の患者が増加傾向にあります。

私はピースボートに乗船する前、理学療法士として病院で7年間勤めていました。そこで日本とカンボジアのリハビリセンターとの異なる点に驚きました。

私が勤めていた病院では1週間ほどで装具を作成し、その後入院しながら自立して生活ができるようになるまで1日3時間のリハビリをしていました。3ヶ月間ほど入院している患者が多数いました。

しかし、カンボジアでは装具作成から生活手段の獲得までの手厚い身体機能のリハビリまでは受けられていないのを目の当たりにしました。

理由として、リハビリセンターの数がカンボジアではまだ少なく、また遠方から来る方もいるため、外来でフォローするのが難しい状況であることを知りました。

また日本では日常生活を過ごしやすくするために装具を作成したりする方が多い一方で、カンボジアでは農作業等復職の手段として装具を作成していました。

日本とカンボジアでのリハビリの方向性や趣旨が大きく異なっていることを感じました。

Vol.2へつづく

文:室井隆志

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