2025年8月に出航した ピースボート地球一周の船旅 Voyage121 内でカンボジア地雷問題検証ツアーを開催しました。
参加者の1人、室井隆志さんがツアーの様子を書いてくれました。2回に分けてご紹介します。
アンコール障害者協会(AAD)

アンコール障害者協会(AAD)とは、地雷被害者の社会的及び経済的自立支援を行う現地のNGO団体です。シェムリアップ地域には500人の会員がいます。
様々な職業訓練や社会復帰のための精神的なサポートや障害者スポーツの普及、被害者同士の交流の場や相談しあえる居場所の提供などを行っています。
私たちはセンター長のソワンタさんの話を聞きました。ソワンタさんは内戦中はポル・ポト軍と戦う政府軍部隊の隊長でした。

しかし1990年、戦場で地雷により両足を失いました。当時は絶望し自殺を考えていたそうです。
地雷被害者はカンボジア国内で差別の対象になっていたからです。職に就けない多くの地雷被害者が物乞いをしていたことが差別につながっていました。
しかし農業が中心のカンボジアで手足がない人々が路頭に迷うのは当然のことです。
また現在も地雷被害者に対する支援体制は整っていません。AADも国外からの支援がコロナ後ほとんどなくなり、団体の活動を継続するための資金や人手も足りず、厳しい現状という説明を受けました。
ソワンタさんはいずれ政治家になってカンボジアを変えたいと言っていました。
自分も地雷被害者であり、今何が必要なのかを知っていて、地雷被害者のためにカンボジアの国をより良い国にしていきたいと言う力強い思いを感じました。

ソワンタさんの話の後、AADが力を入れているシッティングバレーを行いました。私たちも地雷被害に遭った方もみんな笑顔で全力で楽しんで参加していました。
過去の地雷による影響で大変なことも多いけれど、その中でAADに集まったみんなが支え合って生きている姿に強い絆を感じました。
地雷除去現場

私たちが訪れたのは、シェムリアップの町から車で3時間ほどの所で、カンボジア地雷対策センター(CMAC)による地雷除去が行われていました。
この地域は1960年代から被害を受け、2001年から地雷の除去活動が始まりました。
今までおよそ200ヘクタールの土地の除去を行い、地雷600個以上、不発弾1,000個以上を除去してきました。そして今でも除去作業が続いています。

エリアの中の地雷除去を行っていく過程で、安全が確保されたエリアと危険が残っているエリアは色の異なったポールでわかるようになっています。
地雷を見つける方法はいくつかありますが、人間が金属探知機を使って地雷や不発弾の金属反応を見つける方法があります。
その場合、作業を始める前に表面の草を取る必要があります。ただ、この地域はコーケー遺跡群と言って地域全体が世界遺産にもなっているため、簡単に草を取ることができません。

そのためこの地域では犬を使った地雷除去を行っています。犬にリードをつなぎ、火薬の匂いを探すことで地雷を見つける方法です。
犬を使うメリットとしては金属探知機と違い、他の金属には反応しないため作業効率が良いこと、また犬にGPSをつけて作業した場所をコンピューターで管理できることがあげられます。

そのデータは政府に提出するレポートにも使われていたり、遺跡群を訪れる観光客や近くの小学校に通う子供たちの安全につながっているとの事でした。
私たちは実際に防具をつけ、森の中を進み、犬が地雷除去の活動をしている現場を見て、現在でも地雷による影響が残っていると言う悲しい現状を目の当たりにしました。
一刻も早くここで暮らす村の人々や小学校に通う子供たちが安全に歩ける未来につながってほしいと深く感じました。
コーケー小学校

ピースボートが2005年に地雷除去と校舎建設を支援したコーケー村の小学校を訪れました。
朝7時に子供たちが登校し朝食を取った後に授業が始まります。午後は冷房がなく暑くなることや家の仕事を手伝うため、授業は午前の11時までとなっています。
電気や水道は通っていなくて、ピースボートの支援により井戸が設置されていました。大変役立っているそうです。

コーケー小学校には大きく3つの課題があるとの事でした。
1つ目は2005年に建てられた校舎が老朽化していて、ここまで修繕は行われてきたけど、応急的な対応にとどまっているため、今後は新しい校舎を建設する必要があるとのこと。
2つ目は電気が通っていないためソーラーパネルを設置していきたいとのこと。
3つ目は飲料水の不足のため、もう一つ井戸を掘り浄水器を設置する必要があるとのこと。

子供達に、十分な教育が受けられるようになるにはまだまだ支援が必要不可欠であることを実感しました。
スナハイ小学校

2016年に設立されたスナハイ村の小学校もピースボートが地雷除去と建設を支援した学校です。EUとカンボジア政府の支援により一昨年新校舎が建設されとてもきれいな環境でした。
こちらも水道や電気は通っていなくて、小学校では事務作業に必要な備品の不足に加え、飲み水や子供たちが安全に遊べるグランドが足りていないとの事。
さらに手洗い用の水も水道施設がないため人の手で運んでいる状況でした。
カンボジアでも小学校を6年で卒業すると中学校へ進学しますが、スナハイ村では家庭環境により中学校へ進学できる生徒は3割しかいません。
子どもたちを見ていると、家庭の状況によって制服を着られる生徒と着られない生徒がいました。
制服を着ていても破れていて汚れたりしていることが多く、靴も履いている子もいれば履いていない子もいて、履いているほとんどの子供達がサンダルでした。

子供たちとは大縄跳びやサッカー、バレーボールをやりました。また彼らが普段やっている遊びを教えてもらい一緒に楽しむことができました。
交流後には、支援物資として学校で必要な備品を渡し、子供たち一人ひとりに文房具を手渡しました。※支援物資について詳しくはこちらの記事
実際に子供たちと交流して強く感じたのは、私たちが過ごしてきた日常や学校生活と大きく異なっているということです。
私たちにとっては当たり前の、学校に通い、制服や教科書が揃っており、汚れた服や手を洗える水があること。
当たり前に思える日々が決して誰にでもあるわけではないということをカンボジアの子供たちとの出会いを通して実感しました。

また近くに地雷がある危険との隣り合わせの中でも、無邪気な子供たちの笑顔と全力で遊ぶ姿に、これから健やかに成長していってほしいと強く感じました。
子供たちとの出会いを通していただいた感情や気づきは、これからも自分の中で大切に向き合い続けていきたいと思います。
文:室井隆志




















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