キジヒコのカンボジア体験「わたしたちが集めた募金はたしかにカンボジアの人々を支えていました 」

第99回ピースボート「地球一周の船旅」(2018年9月~12月)に参加した「きじひこ」こと荒木七海さんにお話を伺いました。きじひこは、乗船前はボランティアスタッフとしてP-MACの募金活動に参加し、99回クルーズではカンボジア地雷問題検証ツアーに参加しました。P-MACの活動に参加して感じたこと、カンボジアで考えたこと、そしてきじひこの今後について聞きました。

ピースボートで人生はじめての街頭募金活動 

わたしがはじめてピースボートに来たのは2017年10月頃でした。高校は進学校に通っていて、もちろん卒業したら大学に行って勉強するんだろうと考えていました。でも希望していた大学には落ちてしまって……。フリーターしながら、これからどうしよう?と考えてた時に思ったのは、まわりのみんなとは違う経験をしてみたいっ!海外に行きたいっ!旅に出たい!ってことでした。 

ピースボートの地球一周クルーズに参加するためにピースボートセンターおおさかでボランティアスタッフとして活動をはじめました。そして「カンボジアから地雷をなくそう100円キャンペーン」の街頭募金活動に参加するようになりました。

わたしにとってはじめての募金活動で、人前で大きな声を出して募金を呼びかけるのも恥ずかしくって。でも他のメンバーが一生懸命やってるのを見て、わたしもやる気が出てきて、やってみたらいつの間にか楽しくなっていました。みんなで協力してできる活動っていいなって思いました。 

カンボジアの地雷をなくすために私ができること 

カンボジアの事や地雷問題を知れば知るほど、地雷をなくすために募金をもっと集めたいと思ったし、もっと多くの人に参加してほしいから他のボランティアスタッフを誘ったり……。気づけば、私が募金活動を引っ張っていく中心になっていました(笑)。 

わたしが中心になってしまったからには、一緒に活動する人も増やしたいし、ちゃんとこの活動の意義を伝えたいって思って、カンボジアのことを自分でも勉強しました。知ることに意欲的になれました。そしたら、多くのボランティアスタッフが一緒に募金してくれるようになったり協力してくれて、とてもうれしかったです。 

人の優しさを感じた日々

募金活動は大阪の中心地でやってて人通りも多くって、いろんな人との出会いがありました。募金入れながら「がんばって!」って声かけてくれたり、過去にピースボートの船に乗ったことある人がたまたま通りがかって協力してくれたり、あったかい気持ちになりました。

寒い日に募金活動をしていたら、缶コーヒーを手渡してくれた方がいました。でもコーヒーの数が私たちの人数には足りないとわかると「ちょっと待ってて!」といってどこかへ。しばらくすると足りない分のコーヒーを持って来てくださいました。もう本当にうれしくって、身も心もポカポカになりました。

募金活動は多くの優しい方々との出会いの場でもありました。 

募金が使われている現場を自分の目で確かめたい 

募金活動をしていたからカンボジア地雷問題検証ツアーには絶対に行きたかったです。このツアーではカンボジアの歴史や地雷問題を学び、地雷被害者やP-MACが地雷除去支援をしている村の人々と交流します。自分たちがあつめた募金がどのように使われているか、きちんと自分の目で見たいと思いました。 

実は、この99回クルーズがわたしにとってはじめての海外だったんです。そして船が日本を出発して、一番初めに寄港した中国の厦門で船を降りてそのまま飛行機でカンボジアに行きました。なので、わたしの気分的にはカンボジアがはじめての海外。

地雷被害者の方々と交流。

到着したカンボジアのシェムリアップは日本と違うにおいがして、違う色を感じました。新鮮でもあったけど、ちょっぴり漠然とした怖さも感じていました。でもツアー中に出会った人はやさしくて、言葉や文化の違いがあっても、同じ人として仲良くなれるって気づきました。 

カンボジアではまだ戦争が近いもの

対戦車地雷を踏んで大破した車両。乗っていた人は命はとりとめましたが重傷を負いました。

P-MACが支援している地雷除去団体「カンボジア地雷対策センター(CMAC)」の博物館に行きました。ここにはカンボジアで見つかった地雷や不発弾、地雷除去のための道具などが展示されています。また、対戦車地雷によって破壊された車両や地雷がどのように埋まっているかを紹介するための模擬地雷原もあり、カンボジアの地雷問題を学ぶことができました。

博物館で一通り説明を聞いたあと、しばらく自由行動の時間がありました。私が1人で展示を見ていると、1人のCMACスタッフの方が声をかけてくれました。その方もわたしも、つたない英語でなんとかコミュニケーションとる感じでしたが、わたしの質問にいろいろ答えてくれました。

そして、その方が元々兵士だったことも教えてくれました。20才のわたしが戦争を経験した人と出会うことはほとんどありません。でも、目の前にいる50代くらいに見えるやさしそうなおじさんは戦争を経験した。カンボジアでは戦争がまだ歴史にはなっていない。近いものなんだと感じました。 

地雷原の村で暮らす女の子 

カンボジア北部にあるスナハイ村はP-MACが地雷除去支援を続けている村です。私たちはP-MACが地雷除去と建設を支援して2016年に完成した「ピースボート・スナハイ小学校」を訪問しました。学校は長期休み中だったんですが、私たちが来るということでほとんどの生徒が学校に集まってくれました。

 元々は地雷原だった場所が学校になって、そこで遊んでいる子どもたちをみてうれしくなりました。安全になった校庭でバレーボールをしたり、踊ったり、鬼ごっこしたり、みんなが楽しそうにしていました。 

わたしは校舎の階段に腰かけて子どもたちに囲まれながら折り紙を折っていました。それを少し離れて見ていた1人の女の子がいました。とってもシャイなのか、みんなの輪の中には入ろうとしません。でもいつの間にか横にやってきて、わたしの脇腹をツンツン。振り向くと逃げていくんですが、しばらくするとまたツンツン。と繰り返してるうちにじゃれあうようになって、最後には仲良くなれました。別れる時に見えなくなるまで手を振ってくれていたのが忘れられません。

中央がわたし。その左後ろの方にうつむいて写っているのが仲良くなった女の子。遊んだのにちゃんと写真を撮らなかったことに後悔(涙)

目の前に地雷問題があった 

子どもたちと遊んだ後に、小学校の裏に案内されました。学校の敷地の向こうには草木が茂った平らな土地が続いています。そこを、車一台通れるくらいの砂地の道が学校から曲がりくねって続いています。穏やかに見えるこの土地は砂地の道も含めて、まだ地雷原なのです。学校は安全になりましたが、学校の周辺にはまだ地雷が残っていました。 

柵もなにもないですが、右にある木の杭や紙袋を持った男性が立っているところから奥は地雷原。

それを知った時、わたしがさっきまで一緒に遊んでいたあの女の子が頭に浮かんできました。友だちになったあの子が生活している環境の中に地雷がある。地雷問題が目に見える形で、一気に現実味を帯びて私の前に現れました。それはとても衝撃的で、わたしが地雷問題を本当に理解できた瞬間でした。 

守りたい人ができたツアー 

ツアー中は地雷問題だけではなく、貧困・戦争・格差など様々な問題について考える機会がありました。そして、多くのカンボジアの人々との出会いから人のやさしさを実感しました。日中は地雷被害者を支援する団体や、地雷除去団体、地雷原の村をおとずれ、夜はみんなで話し合いました。現実を知った上で、仲間と考えや想いをシェアできたことはとてもよい経験になりました。

 カンボジアの地雷問題に興味あったり、募金活動に参加した人だけでなく、国際協力や支援活動に興味ある人には行ってほしいツアーです。わたしにとっては、スナハイ村で出会った女の子の印象が強く残っていて、守りたい人ができたツアーでした。 

来年は再びカンボジアに行きます! 

ツアーに参加したみんなとアンコールワットで。

地球一周から帰ってきて今後のことを考えたとき、もっと旅がしたい!知らない土地に行って人々と交流したい!と思いました。もともと旅には興味があったけど、カンボジアでの経験を経て、より旅が好きになりました。今年は日本でお金を貯めて、来年はまたカンボジアに行く予定です。今度は少し長く滞在して、ボランティア活動をしたいと思っています。 

そして、将来は再び地球一周がしたい!99回クルーズは北半球をめぐるクルーズだったので今度は南半球をめぐりたいです。わたしを旅大好き人間にしてくれたカンボジアに感謝です。 

 きじひこ

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