第83回ピースボート「カンボジア地雷問題検証ツアー」報告

第83回ピースボート地球一周の船旅が6月24日に帰港しました。クルーズ中の3月24日~27日、カンボジア地雷問題検証ツアーを実施して、地雷被害者との交流や地雷除去支援をする村を訪問しました。ツアーの様子を参加者がレポートしてくれました。

キリング・フィールド

今回のツアーで一番最初に向かった場所が、シェムリアップにある「キリングフィールド」。朝も早かったので、訪れる人も少なく、非常に静かな空間でした。キリングフィールドは1975年から79年に政権を握ったポル・ポト派が多くの人々を虐殺した場所で、今はお寺となっている場所。敷地には犠牲者の骨が納められた慰霊塔も建てられています。

まずはガイドのピンさんが、園内に掲示してある写真を使って、ポル・ポト政権時のカンボジアについて話してくれました。想像も出来ないような悲惨な歴史に、言葉を失うメンバーたち。今、こうして立っているこの場所でも、数え切れないくらい多くの人が命を落としたと思うと、なんとも言えない気持ちになりました。

アンコール障がい者協会(AAD)

私たちが到着すると地雷被害者の方たちが音楽を演奏して出迎えてくれました。この、「アンコール障がい者協会(AAD)」 で話をしてくれたのは代表を務めるセム・ソワンタさん。彼自身も内戦中に地雷の被害に遭い、両足を失いました。

彼と同じように地雷の被害を受けたことで、これまでのように働けなくなり、家族に捨てられたり、ホームレスになってしまう人も多く、その後、餓えや病気により命を落とす人もいるそうです。

また近年は他国からの寄付も少なくなってきており、AADの存続自体が危うい状況だと、ソワンタさんは言います。体だけでなく心も傷つけ、その後の人生をも大きく変えてしまう「地雷」という兵器の残酷さを目の当たりにしました。

AADでは地雷被害者をはじめとした障がい者が貧困のスパイラルから抜け出せるように、職業訓練をしています。P-MACはその一つである木工彫刻トレーニングプロジェクトを支援しています。今は3人の若者がトレーニングを受けていました。

カンボジア地雷対策センター(CMAC)

カンボジア地雷対策センター(CMAC)シェムリアップ支部の副所長であるキム・チュオンさんがカンボジアの地雷対策を説明してくれました。1993年に作られたCMACでは、地雷原の特定や、地雷・不発弾の処理を行っています。

現在も続く地雷除去活動は、2019年の終了を目標としている、とのこと。しかしその目標達成が本当に可能なのか?という点に疑問を持ったメンバーもいました。その理由としてあがったのが、CMACの資金不足。一日も早い地雷の完全除去が望まれますが、地雷除去費用の多くが他国からの支援で成り立っているという現状に、AADと同様、資金面が大きな問題になっていることを痛感しました。

地雷除去現場

これまで訪れたどの場所よりも張り詰めた空気が流れていました。私たちが訪れたのは地雷探知犬を使った除去活動がおこなわれている地雷原。火薬の匂いで地雷を探すように訓練された犬と地雷除去員の人間がペアとなり、地雷を探します。

地雷原での注意事項を聞いた後は、除去活動を行っている人たちと同じように、一人ひとりヘルメットとプロテクターを身につけました。着ているだけで疲れるくらいの重さと、カンボジアの暑さ・・・。日々、作業をしている人たちの苦労が身にしみます。

そして、地雷除去作業の現場へ。私たちが足を踏み入れたのは安全が確保されている場所ですが、通常はどこに地雷が埋まっているかも判らない状態から作業を進めていきます。

「この仕事をやりたくてやっているわけではない。しかし、埋めたのは自分たち。未来のため、子どもたちのために地雷を除去する責任がある。」ある作業員の言葉が私たちの胸に突き刺さりました。

コーケー小学校

P-MACの募金により、地雷除去が行われ、建設された「コーケー小学校」を訪れました。子どもたちの無邪気な笑顔は、この場所に地雷が埋まっていたことを忘れさせます。

簡単に学校を紹介してもらった後は、子どもたちと交流タイム。初めは恥ずかしがっていた子どもたちですが、あっという間に校庭を走り回り、歓声をあげます。サッカーをしたり、折り紙を折ったり、一緒に絵を描いたり。思い思いの時間を過ごしました。お別れの時には、校庭に咲いていた花を摘んでプレゼントしてくれた子どもたち。

この笑顔と未来を守るため、私たちに出来ることは何なのか、あらためて考えさせられる機会となりました。

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